こんにちは、AIニュースアプリ Morning AI 開発者の矢野哲平です。この記事では、公的機関がどのように生成AIを導入したのか、その実績報告をもとに触れます。
企業や組織のAI導入が急速に進むなか、興味深い報告書がいくつか公開されました。日本のデジタル庁が行った生成AI導入の実績報告と、英国のビジネス貿易省によるMicrosoft Copilot導入報告です。公的な機関がどのようにAIを導入し、どのようなケースで成果が上がり、どのようなケースで課題を感じているのか。これは民間企業のAI導入を考えるうえでも参考になります。
この記事では、主に次の3つのポイントを解説します。
- 日本のデジタル庁のAI導入の取り組み
- 英国ビジネス貿易省のAI導入の取り組み
- 組織のAI導入を見据えたOpenAIの動き
デジタル庁の内製AI「源内」
まずは日本のデジタル庁の取り組みから紹介します。
デジタル庁では「源内(げんない)」という生成AIの利用環境を構築しました。源頼朝の「源」と内野の「内」と書いて「げんない」と読みます。これは2025年5月から7月にかけて運用された、デジタル庁職員向けのAIツールです。
源内の特徴は、完全に内製で開発された点です。ChatGPTのような外部のサービスを使うのではなく、デジタル庁が専用のツールを自ら開発しました。
この源内には、大きく2つのタイプのアプリが搭載されています。
- 汎用AIアプリ:チャット、文章作成、要約、校正、画像生成、翻訳など、一般的な業務で使える機能
- 行政実務用AIアプリ:国会答弁検索AI、公用文チェッカーなど、行政機関ならではの機能
汎用的なAIに加えて、行政の実務に特化した機能を載せているのが面白いところです。
職員の約8割が利用
では、実際に源内を導入してどのくらい使われたのか。この点も数字で報告されています。
デジタル庁の職員約1,200人のうち、約950人、つまり全職員の約8割がAIを利用しました。この数字は、民間企業と比較してもかなり高いのではないでしょうか。
そして、職員に行ったアンケート結果もポジティブです。約8割の職員が「業務効率化に寄与している」と回答しています。
活用された場面は、文章生成、要約、校正、画像生成、翻訳などです。この辺りは個人や企業の使い方とほぼ同じですね。具体的には、会議の議事録を要約する、法律の条文を分かりやすく説明する、国会答弁の下書きを作成する、といった業務でAIが活用されたそうです。
利用者の声のなかで個人的に共感したのが、「LLMを切り替えて同じ質問をし、回答が一番よいLLMで継続できる使い方が便利」というものです。たとえば同じ質問をChatGPTとGeminiに同時に投げる。実際は質問をコピペするだけなので、手間はそれほどかかりません。
AIは「ChatGPTがすべてのタスクで高性能」ということはあまりないんですよね。私自身、文章校正のタスクはChatGPTとGeminiの両方に渡しています。ChatGPTが見逃したけれどGeminiが拾ってくれた誤字脱字もあれば、その逆もあります。AIモデルの同時使いはおすすめです。
もう一つ、「VBAマクロの作成が可能となり、業務に役立っています」という声もありました。VBAというのは、マイクロソフトのオフィス製品の機能を拡張するためのプログラミング言語で、たとえばエクセルの集計作業を自動化したりできます。マイクロソフトのオフィスツールは多くの企業が導入しているので、AI×マクロのユースケースは応用が利きます。
見えてきた課題:利用の二極化
一方で、AI導入による課題も見えてきています。
端的に言うと、利用状況の二極化です。100回以上利用した職員が150人以上いる一方で、5回未満にとどまった職員も170人いたそうです。使う人はとことん使うけれど、使わない人はほとんど使わない。これはデジタル庁に限らず、多くの企業に当てはまると思います。「会社がAIを導入したけれど、自分の業務で何に活かせるのかよく分からない」というやつですね。
私はこれに2つの解決案があると思っています。
1つ目はナレッジの共有です。Slackのような社内チャットで、AIの活用事例を積極的に共有する文化を醸成する。実際、先日ある企業の担当者とお話ししたとき、生成AIの導入がうまくいっていると聞いたので何をしているのか尋ねたところ、Slackで部署を超えてAIの成功事例と失敗事例を共有する雰囲気ができあがっていると話していました。AIは使ってナンボ、成功事例や課題を共有してナンボだと思うので、このアプローチはおすすめです。ただ、管理者が「社内のAIチャットを作りました、みんなここでシェアしてね」と号令をかけても機能しないときはとことん機能しません。会社側が雰囲気を醸成する仕掛けも必要になります。
2つ目は、職員にAIを使っていることを感じさせないシステムの構築です。普段の業務のなかに知らず知らずのうちにAIが組み込まれていて、意識せずにAIを使っている、という仕組みです。
たとえば文章校正。職員が書類の下書きを書いて保存したら自動で処理が走り、AIが校正をする。間違いがあれば通知が飛んで分かるようにする。会議が終了したら自動で議事録が保存され、要約した内容が関係各所に自動で通知される。こうしたワークフローにAIを組み込めば、人間が意識的に使わなくてもAIの恩恵を受けられます。このアプローチはAnthropicの社内導入事例でも有効性が語られていて、業務に溶け込ませる形でのAI活用は今後ますます重要になると思います。
英国ビジネス貿易省のMicrosoft 365 Copilot
ここまで日本のデジタル庁の事例を紹介しました。今度はイギリスの事例です。
英国ビジネス貿易省では、2024年10月から2025年3月にかけて、Microsoft 365 Copilotの試験導入を実施しました。デジタル庁の「源内」のような内製ツールではなく、既存のAIツールを導入したパターンです。
Microsoft 365 Copilotは、WordやExcel、PowerPointなど、普段使っているMicrosoft製品にAI機能を追加するサービスです。Wordで文章の下書きを作成する、Excelでデータを分析する、PowerPointで構成を考える、Outlookでメールの返信を生成する、といった機能が利用できます。
評価結果と時間削減効果
イギリスでの評価結果も非常にポジティブでした。
- 回答者の72%が「満足」または「非常に満足」と回答
- 80%が「いくらか有用」「有用」「極めて有用」と評価
具体的な時間削減効果も測定されています。
- 書面資料の作成:1タスクあたり1.3時間の削減
- 調査の要約:0.8時間の削減
- 既存情報の検索や会議の議事録作成:平均0.7時間の削減
こうした具体的な数字で効果が報告されている点は参考になります。
課題:逆に時間がかかるタスクとハルシネーション
一方で、AIを使うことで逆に時間がかかるようになったタスクもありました。それがスケジュール調整や、資料で使う画像生成です。
画像生成については私も完全に同意です。狙った画像を出すのに時間がかかるんですよね。なので、そこは割り切ってUnsplashやPexelsのようなフリー画像サイトから画像を引っ張ってくる選択肢でも良いと思います。
もう一つ、重要な課題としてハルシネーションにも言及されています。ハルシネーションはAIが誤った回答を出力してしまう現象ですが、回答者の22%が遭遇したと報告しています。これはCopilotに限らず全AIの課題です。現時点でハルシネーションをゼロにするのは不可能に近いので、「AIは誤った回答を出すもの」として業務に組み込むのがベストだと思います。
報告書では、AI導入のメリットを最大化しリスクを軽減するには、トレーニングとサポートが必要だと指摘されています。「Microsoft Copilotを契約したよ、みんな使ってね」というだけでは不十分で、しっかりとしたトレーニングとサポート体制を合わせて構築する必要がある、ということです。
OpenAIのレポートと教育プラットフォーム
社内でそうした体制を整えるのは簡単ではありません。こうした動きに合わせてか、OpenAIも取り組みを始めています。
OpenAIが公開した「AIが拓く新たな仕事とスキル機会」というレポートでは、AIスキル習得の重要性が繰り返し強調されています。AI企業のポジショントーク的な側面もありますが、具体的な取り組みはすでに動き始めています。
1つが求人プラットフォームと認定制度です。OpenAI Jobs Platformというもので、AIに精通した人材とそのスキルを求める企業を結びつけることを目的としています。AIを扱えるスキルがあるか否かが採用を左右すると見込んで動き出しているわけです。補足すると、この取り組みはまだ日本では展開されていません。ただOpenAIは日本法人も展開しているので、ゆくゆくは日本でも始まるかもしれません。
認定制度もスタートしていて、OpenAI Academyという無料のオンライン学習プラットフォームも公開されています。英語対応ですが、ブラウザの翻訳機能を使うと一部閲覧できるので、興味のある方はチェックしてみてください。OpenAIの目標はかなり野心的で、2030年までに1,000万人のアメリカ人に認定資格取得を目指すとしています。AIスキルがこれからの労働市場で注目される可能性を示唆する動きです。
まとめ
最後に、今回のポイントをまとめます。
- デジタル庁は「源内」という内製AIツールを開発し、職員の約8割が利用した
- 英国ビジネス貿易省はMicrosoft 365 Copilotを導入し、72%の職員が満足と回答した
- OpenAIは企業のAI導入を見据えて、大規模な教育プラットフォームや認定制度の整備を進めている
私もChatGPTが日本で公開されてからずっと使っていますが、最初に比べてAIでできることの幅が確実に広がっている感覚があります。たとえばAIを使ったスライド作成。以前は精度が低かったのですが、最近Claude Codeで環境を構築したところ意外とうまく機能しています(これについてはAIでスライドを作る方法で詳しく書いています)。
以前はできなかったことも、改めてチャレンジするとできるようになっている。これはひとえに年々AIモデルが進化しているからです。今できないことも将来できるようになる。そうした視点をもって使ってみると、また違った発見があると思います。